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ダンナがうつで死んじゃった

きむらひろみ 著 岩波明 解説

ISBN978-4-901964-05-0
四六判 192ページ
本体価格1600円(税別)

ダンナがうつで死んじゃった

大黒柱の夫がうつ病に倒れて、入院と自宅療養を繰り返す。
それまでの亭主関白から激変、情けない姿でウロウロする。
そうでなければ1日中寝ている。いつまでたっても治らない。
病気を理解し、患者に暖かく接し、辛抱強く見守る・・・
妻だからって、いつまでそれにつき合わなきゃいけないの?
病人だったら何でも許されるの?
看病に疲れて冷たい言葉を放ったその日、夫はマンションから飛び下りた。

ストレスと戦いながら看病する家族の苦悩を曝け出した、
誰も書かなかったドキュメンタリーです。

■ 著者紹介

きむら ひろみ
  
昭和40年代生まれ。
  短大卒業後1年弱のOL生活を経て、結婚。
  どこにでもいるような平凡な専業主婦になる。
  現在、2人の息子と暮らしながら
  新しい人生を模索している。



岩波 明(解説)
  精神科医。 昭和60年東京大学医学部卒。
  都立松沢病院などを経て
  現在、藍野大学医療保健学部教授。
  精神科診療所及び企業の健康相談室で
  常時60人程のうつ患者の診療にもあたっている。

■ 編集ノート

患者を辛抱強く暖かく見守れと言うけど、家族だってストレスは溜まる。著者のきむらひろみさんの訴えを聞いたとき、当然だと思いました。きっと同じように悩んでいる家族が他にもいる、家族だって辛い。けれども世の中に出ている本は、周囲の協力で治ったという美談がほとんどです。きむらさんのような悲しいケースもあることを伝えたくて、出版を決めました。

妻が殺したようなものじゃん!と、うつ病患者の方から抗議のメールも受け取りました。ネット上の書籍概要と書評を読んでの抗議。先入観が言わせているとしか思えないような内容もあり、「うつ病患者を攻撃しているわけではない」のは分かってくれませんでした。しかし、「単なる愚痴、わがまま」という批判は承知の上での出版です。世の中、キレイごとばかりじゃないんです。

うつ病に関する情報は片寄っていると、今でも感じます。「絶対治る」、「周りの人間の理解が大切」・・・。もっともなんですが、病んだ家族を長い間看続ける家族の苦労は、慰みや決まりきったアドバイスで解決されるのだろうかと、疑問に思います。


タイトルについて。もちろん、ふざけたわけでも何でもありません。嵐のような苦労は、夫の自殺という最悪の結末で幕を閉じました。途方にくれたとき、最初に出た言葉です。お涙ちょうだいの美談じゃないので、わざとらしいタイトルはやめました。

今、うつ病と闘っていらっしゃる方には、お薦めしません。また、患者を支える方法を知りたい方は、専門書を読まれることをお薦めします。この本は、著者と同じように悩み疲れている方への「あなたの気持もよくわかります」というメッ
セージです。


読売新聞(8月2日朝刊)で、紹介されました。

月刊クーヨン(8月号)で、紹介されました。

■ 読者の感想
20代の女性たち
ごく普通の平和な家庭が「うつ」という病気によって崩壊していく様がとてもリアルで、誰にでも起こり得ることなんだなぁと思いました。(その他

宮脇睦さん
悲しいぐらいに普通の日常を・・・当たり前のような日常を、残酷な普通の語り口でつづられた希有な「闘病日誌」でした。(続き

あくびワルツさん
決して外には見せられない本当の姿、偽りない感情をありのまま伝えてくれている、そう思うと不思議なことに勇気が湧いてきました。(全部読む

松田美佳さん
これこそドキュメンタリーなのだ。現実なんてそんな不条理なものだ。(全部読む
長田美穂さん(ライター)
「うつ病」モノの本、最近、多いです。でもこういうのはなかったんじゃないかなあ。(全部読む

たかもんさん(37歳 男性)
正直、「うつ」がテーマということで重い内容かと思っていましたが従来の「お涙頂戴物」とは違い、著者があまりに言いたいことを言いたいままに言っているのには驚きました。(続き

ワイワイさん(男性)
愛情をもっているから何とかしたい、でも何ともならないから悩むのです。(全部読む

■ 20代の女性たち
ごく普通の平和な家庭が「うつ」という病気によって崩壊していく様がとてもリアルで、どの家庭にでも、誰にでも起こり得ることなんだなぁと思いました。

本を読んだ後に自分の過去を振り返ると、今まで自分では気付いていなかっただけで、自分にうつ的な部分があったのではないかと思い、恐くなった。

うつ患者を治すことと同時に、患者の世話をしている人の精神的なケアがとても重要なんだと思った。


うつ病は薬を飲んでいれば治るような単純な病気ではなく、うつ患者を世話する人、世話する人を支える人というように、多くの人の支えなしでは乗り越えていけない難しい病気なんだと思った。

もし私が本の中の主婦と同じ環境にいたら、おそらく同じことをして、同じ結果になっていたのではないかと思いました。

例え些細なことでも、それが原因で心を病み、うつになり、結局自殺してこの世からいなくなってしまう。このことを考えると、人は精神面で支えられている部分が大きくて、とてももろい存在なんだなと思った。


■ 宮脇睦さん
悲しいぐらいに普通の日常を・・・当たり前のような日常を、残酷な普通の語り口でつづられた希有な「闘病日誌」でした。

本書にあるように、怪我や病気と違い、心の病はとかく理解されがたく、また、患者の家族ともなると世間の不理解は尋常ではありません。

普通の主婦だった女性の頼りにしていた旦那さんが、ある日突然うつ病になり、そして家庭が壊れていく様がリアルでした。

「他人事」として見たとき、筆者の「わがまま」さや「理解の足りない」ところを責めるのはカンタンです。

しかし、「当事者」ならば?

・・・告白しますが、私は、自分自身、超軽度とはいえ鬱にかかったことがあるので・・・本当に考えさせられる一冊でした。

ただ惜しむらくは昨年までの出来事を赤裸々に綴っているため、俯瞰した視点での総括が足りないことです。

・・・だから、リアルとも言えます。

言葉も選ばずに綴られた、うつ病患者の家族の日誌を見たことがありませんのでとても貴重な一冊と感じました。


■ あくびワルツさん
「うつのサインを見逃すな」、「引越しはするな」、「刺激せず何を言われても我慢しろ」・・・書店に行ってうつの本を覗いてみると、どの本にも必ず出ている"家族の心得"。これらをみごとなまでに無視した揚げ句に、すっかりエネルギーをなくした夫への不満を心の中に溜め込むだけ溜め込んで、抱えきれずにちょっと態度に出してしまう・・・発症から一年も経たずに夫が自殺という最悪の結末を迎えてしまった専業主婦の本音が淡々と綴られていて、スーッと引き込まれる様に、殆ど一気に読み終えてしまいました。

 治る見通しのたたない夫とずっと一緒に暮らさなければならない妻の本音をいとも簡単に吐き出していて、最初は軽い感じで読んでいました。が、読み進んでいくうち、何の脚色もせず淡々と綴った文章の裏側に、思い出したくない過去や早く忘れてしまいたい辛い記憶の数々と真剣に向き合う著者の姿が浮かんで来ました。現実を現実として受け入れたいという強い思い、逃げずに向き合う勇気。

 人間だから、誰しも失敗や過ちを犯すものですよね。私の場合なんか特に酷い。うつ病の友人に対して、親切心からの励ましや無意味な慰め、ネガティブな愚痴に対する反論や怒りなど、幾度となく酷い事をしてきました。最低ですよね。しかし、そうとは分かっていても、その時はどうしようもない。その場ではどうしてもそういう態度が出てしまう。そして後になって「あれは良くなかったな」なんて自分を恥じ、自責に駆られる。でも自分だって一人の人間、本当にどうしようもないんですよね。・・・もしかすると、この本で著者が明かしている過ちの数々は実は、うつ病患者を世話している人たちなら誰しも経験しているのかもしれません。

 この本は、うつ病患者を支え続ける、いや、抱え続ける家族の、決して外には見せられない本当の姿、偽りない感情をありのまま伝えてくれている、そう思うと不思議なことに勇気が湧いてきました。

■ 長田美穂さん(ライター)
取材人生 〜ライター長田がお届けする、雑誌に書けない話、これから書く話〜  Vol.147 より

ひたすら寛容ってわけにはいかない
   −−うつ病患者を家族に持つ苦悩を描く本」

「うつ病」モノの本、最近、多いです。うつ病からの回復を本人が語る本もあれば、自殺した我が子の人生を本人に成り代わったように綴る本もあります。

でもこういうのはなかったんじゃないかなあ。

うつ病で夫が飛び降り自殺した。でも私は限界まで頑張った、あれ以上続いたらこっちが発狂してたかも、と振り返る妻の体験記は。

ノーテンキなサラリーマンだった夫が東京本社勤務になった途端、みるみるうちに弱り果て最期は飛び降り自殺する。元気だったときから死後、保険が下りて生活が落ち着くまでの過程を、妻の視点で書いたのが「ダンナがうつで死んじゃった」(きむらひろみ著、アニカ)。
日がな家の中でごろごろし、モノもはっきり言わなくなったダンナに、妻は苛立ちを募らせる。家事は増えるし、なによりかける言葉に困る。病気を理解し、患者に暖かく接し、辛抱強く見守れ。こんな専門家のご託やうつ病をめぐるきれい事ばかりの言説に、疑問を抱く。入院が決まると、正直なところ、ほっとする。心を病んでいる人のサインを見逃すな、と言われても、夫婦は所詮、他人だ。変わった事を言ったって、へえそんなこと言うんだな、ぐらいにしか思わないもんじゃないか。それが家族の本音なんだ。

−−と、彼女の描く現実は厳しい。

夫婦の最期の会話は、どんな小説家も思いつかないであろう、現実の残酷さの象徴です。

いつもの朝ご飯をたいらげた後、「あれじゃ足りない」と言ったダンナにカップラーメンを渡し「あんたなんか、これで十分」と言い捨てた。妻が家を出た後、夫は飛び降り自殺。それが最期の会話になってしまった。

で、彼女がそのこと自体を強く悔やむかといえば、そうではないのです。


彼はカップラーメンを食べながら、「生きていても仕方ない」と考えたに違いない。私は言葉で、ひとりの人間を死に追いやった。きっと一生後悔させられる。この人は、私にすごい重荷を残して、死んでいったんだ、ずっと看病していた私にそんなことするんだ。ずるい!

彼女の自省の念は、ダンナに尽くしたりなかった自分、にあるのではなく、自分たち夫婦はいつのまにか「愛し合う二人」じゃなくなっていたのだ、と二人の関係性へと向けられています。

専業主婦と亭主関白な夫。夫と妻にそれぞれ役割があって、それを演じていた。お互いの存在理由は、それぞれの役割を果たしてくれることで、その範囲内で尊敬してたし、愛していた。でもそれは「他の人と入れ替えても成り立ったかもしれない関係」ではないか。それが問題だったんだと思う、と彼女はいいます。

これはものすごく深い洞察です。愛の延長に結婚があるのだとする近代的な結婚観の根本を問う疑問です。だれと結婚するかは、経済的な事情や親の政略的な必要性によって決められる、恋愛とは別ものだ、こういった近代以前の(今でも残っていますが)結婚観に対して、近代では、愛情問題と経済問題がいちどに片づく恋愛結婚がよしとされます。
でも現実には、半生続く結婚生活の間、ずっと愛情をいだける相手に出逢う人など極めて少なくて、愛情か、経済力か、何らかの妥協を重ねて相手を選ぶのが結婚です。

互いが健康で、経済的にも成り立っていればいい。でもその均衡が崩れた時、この人の経済力がなくても私にとって「かけがえのない存在」なのだろうかと改めて問う。

そんな時に、夫婦を巡る世間の目が冷たく突き刺さってきます。妻なんだから暖かく見守ってあげなきゃ。病気の時こそ支えてあげなきゃ、と。

するよ、だけどこっちだって人間なんだ、限度があるんだ! こんな筆者の感情は、だれにとっても対岸の火事ではないはずです。

社会が求める「家族の役割」の暴力性を内側から告発しています。でも保険金をしっかりもらって、母子家庭で強く生きていくんだとして筆を置く筆者の強さに、読後感はさわやかでした。

■ たかもんさん
正直、「うつ」がテーマということで重い内容かと思っていましたが従来の「お涙頂戴物」とは違い、著者があまりに言いたいことを言いたいままに言っているのには驚きました。あまりの衝撃に近い感覚に一気に読んでしまいました。

「うつ」にかかった側の本や医者が書いた専門書は何度か読みましたが患者の家族。それも最終的に自殺という最悪の結果を招いた看病する側の立場からの本はひじょうに珍しいと思います。

当初は「うつ」という病気は「なった人」でないと、その苦しさや辛さはわからないものだ。なのに著者はあまりに「うつ病患者」を例えダンナだからとバカにしすぎ、暴言の吐き過ぎ!と怒りに近いものも覚えました。そこまで言ってもいいのか?と。だって、病気になったダンナを「厄介者」「嫌悪感」などの表現で愚弄し悪びれる様子もない「冷たい妻」とも捉えることが出来たからです。


しかし、今この本を読み終え冷静に振り返ってみると、患者を抱える家族は患者と同じように「その立場になってみなければわからない」決してきれい事だけでは乗り切れない世界なのだろうと考えさせられております。心通わぬ医者の言葉や出口の見えない絶望感。辛い立場や疲れ果てていく様子。本当の意味での「ケアする家族」の本音だろうと思います。

根気良く温かく見守る家族なんてのが当たり前だと考えていたら長い闘病生活は頭ではわかっていても実際にはムリなんだなぁ。きれい事だけでは済まされないんだなぁ。とその生活の変質と家庭が破壊されていく様子からあまりにリアルに読み取れます。

最後にダンナが自殺してくれて看病から開放されて安らぐ場面がありますが究極の本音の世界だと感じました。しかしながら今後、著者はお金以外に「ダンナが残してくれたものはナニか?」
と一生かけて考えていくことだと思います。

■ ワイワイさん
「うつ病」というと最近はテレビや新聞紙上でも取り上げられることが多く「こころの風邪」と言われ、広く一般に浸透し理解されつつある。「こころの風邪」という呼び方は、軽症うつ病が増えつつあるといわれている現代において、誰でもうつ病になる可能性があるという知識を広め、偏見をなくすためには効果的な表現ではあるが、罹ってしまった本人やその家族は「風邪」と同じ扱いをされては堪らない、「風邪」よりも何倍も重く苦しい病気だと感じるであろう。うつ病に対しては、以前と比べれば有効な薬や治療法が開発されてはきているものの、依然として長期の療養を余儀なくされ、学業や仕事に復帰できずに悩んでいる方が多数存在する。

 本書はうつ病の夫を看病した妻により、その経過と妻の思いが書き綴られている。うつ病の夫を看病する妻の率直な気持ちが表現されており、ありふれたお涙頂戴の愛情にあふれる看病の記録ではなく、医療に対する不満や夫に対する苛立ち、あるいは自分自身に対する苛立ちまでもが取り繕うことなく書かれている。

 よく悩んでいる家族に「家族の支えが大切です。愛情をもって接してあげてください」などと言ってしまうことがあるかと思います。しかし、愛情をもっているから何とかしたい、でも何ともならないから悩むのです。愛情が枯れている家族なら最初から悩むことはなく、機械的に対応していくことでしょう。病気を患っている本人はもちろんその家族までを含めた広い意味での治療を考えて行かなければいけないとあらためて感じました。

 ひろく一般の方はもちろん、専門家の方にも病気を抱える方の家族の気持ちを知る上で一読してほしい本です。

■ 松田美佳さん 「不条理な現実を考える」
今の世の中、著者が体験したような不幸は意外に多く存在しているだろう。経済的破綻、病気や怪我などにより、夫婦関係のみならず家族や友人との人間関係が修復不可能なほどに破綻することは誰にでも起こりうる。

テレビのドキュメンタリー番組やベストセラー本などの多くは、それらを克服し、あるいは現実を受け入れ、家族の愛や友情に支えられて明るく前向きな人生を歩む人物が描かれ、それらに私達は慰められる。自らを反省したり、懸命に生きる姿に爽やかな感動をおぼえる。明日への光を見たような気持ちになる(こともある)。

しかし、現実の世界はそうはいかない事の方が多い。この本は心温まらない現実にフォーカス(焦点をあてた)したドキュメンタリーだ。

この本を読む人は思うだろう。
「なんてひどい嫁なんだ!」
「夫を何だと思っているんだ!」
「病気になったら厄介者か?」
「どうしてもっと優しくしてあげられなかったのか?」

そして自殺した夫の方に同情票は集まるだろう。だが、私は、この夫婦に訪れた悲劇は相互責任の結果だったと思うのだ。


夫は、多くの休みを自由にとり、会社の福利厚生を目一杯利用することで会社や仕事に対する不満、そして大会社における高卒という学歴のコンプレックスを吐き出すつもりでいたのではないだろうか?重要な仕事を任されない事を不服として「だったら好きなだけ休んでやる」、と本気で仕事をやらないことで会社に対して復讐しているような気持ちがあったのではないだろうか?周囲の人間がそんな自分を苦々しく思ったとしても「知るもんか!」とわが道を進む夫。ただの気難し屋の身勝手な男で、大会社の組織で浮いてしまうのは当たり前だ。サラリーマンだったらそんな社員は会社から期待される訳もなく、年功序列で放っておいても昇給するから「給料泥棒」呼ばわりされ、よってますます社内で孤立化していったことだろう。

そんな夫に黙って従い、夫に意見することもなく「何を言っても私の言うことなんか聞かないわ」と夫の好物ばかりを食卓に並べる妻に冷え冷えとした寒気を感じるのは私だけではないはずだ。

依存する関係。互いの役割を演じる夫婦。そんな表現で著者は夫との関係を振り返っている。双方の人間性を、愛し、敬うような夫婦ではなかった。もしもそんな愛情で結ばれた夫婦だったなら支えあって生きていけたかもしれない。しかし、どんな夫婦でも何かのきっかけで虫唾が走るほど相手を嫌いになることだってある。じゃあ、どうしたらいいのか?それは個々のカップルがそれぞれの道を模索していくほかないのだが・・・。



人間は生きている限り、どんなに善良たろうとしても自分に都合のいい生き方を選択する傾向にある。この夫婦は互いのエゴイズムを満たしてさえいればいいという危うい夫婦関係を保っていただけにすぎない。この本の夫「ダンナ」は彼なりの価値観が崩壊し自分の都合がつかなくなり自殺した。病気がそうさせたとしても、彼の生き方や考え方に非がなかったとは思えない。妻が引き金を引くのを待って死を選んだのだ。妻の冷淡な態度に怒り、復讐したかったのかもしれない。憎むべきはウツという病気であることは明白だが、妻に対する復讐的要素も多少はあって死を選んだのではないかと想像する。

妻は罪悪感に押しつぶされて死ぬようなことは(今のところ)ない。保険金などを手にし、夫がいなくなっても今までどおりの暮らしを確保したも同然である。そして役に立たなくなった夫の介護からも開放された。

この妻に不愉快な思いをする読者の方も多いだろう。正直、私も「何だか釈然としない」と思う。

しかし、これこそドキュメンタリーなのだ。現実なんてそんな不条理なものだ。


妻は最後に「生きているのはわたしたちだ」と書いている。

生き続けることこそ、彼女の夫へ浴びせた一言への贖罪である。そしてこの本を出版することにより、その贖罪はさらに大きく、重くなることは必至だ。同時にこの本は、うつ病、そして病院に対する彼女の復讐でもあり、自殺という影を家族に刻んで逝った亡き夫に対するやるせない怒りの体現でもあるのだろう。

さて、私は病院に「見舞い無用」と言われても「行きたい」と思うのが家族だと信じていたが、彼女の場合はそうではなかった。見舞いにもろくに行こうともせずに病院や医師のことを著書の中で批判しているのは感心しないが、本著に記された彼女の意見がうつ病の患者やその家族、そして彼らのケアに真摯に取り組む気持ちを持つ医師や病院スタッフに届いて欲しいとは思う。

文章から、社会に出て働くのは夫にやってもらおう。そのためには夫の健康管理はさておき、好きな物だけ食わせて文句をいわれないようにしていればいいわ、という安易な考えが伝わってきてしまう。病気は医者に何とかしてもらえばいい。たとえ夫のことでもウツのことは素人だから分からない、病院にさえ連れて行けば、入院さえさせられれば、何とかなるに違いない、という考え方もあまりに稚拙な気がしてならない。



私は著者が陥ったような状況になったことがないから冷静にこのような感想を書いていられるのだ、ということはあらかじめ断っておきたい。多くの読者の方が多分、著者のような妻を持った夫に同情するに違いない。夫と年齢が離れていたせいもあり、意見しづらかったのかもしれないが、私だったら夫がそんなに休みをとったら「仕事は?」と問い詰めただろうし、好物ばかりを食べさせるなんてことはしない。健康のことを考えて調理をするだろうし、文句を言われれば「あなたの健康のためだ」と喧嘩もしたことだろう。

並走していたはずのボートは、小さな衝突を避けんがために距離をとりつづけ、そのうちに互いの姿が見えないほど遠くに流されてしまっていた・・・この夫婦にはそんな空しさが漂ってみえる。

先に病院や医師への批判は感心しない、と記したものの、本件に関係した病院や医師達は、夫を疎ましく思いながらストレス性の腰痛で具合の悪そうに(そして面倒くさそうに)来院する妻の心理状態にまで配慮をすることはなかったのだろうか?との疑念が湧く。そんな妻を励まし、精神的な負担を軽くするためのアドバイスは他に出来なかったのだろうか?
全てのうつ病患者やボケ老人、彼らを支える家族は、暖かく、愛情溢れる家庭に存在しているというのは幻想だ。私達が考えている以上に多くの、家族から「厄介者扱い」されている患者達が存在するのではないだろうか?そんな厄介者を退院させ、家族にゆだねることの危うさにまで病院や医師側の考えは及ばないのか?

著者は残りの人生を様々な葛藤を持って生きるだろうが、彼女が生き続ける限り、夫にも、うつ病にも、勝ったも同然である。年月を経て、後悔の念にさいなまれることがあるかもしれない。夫の血を引く子供達の心身の健康に悩まされる日が来るかもしれない。

それでも、生きていくことに意味がある。どんなことが起きたとしても筆者は生きていくしかないのだ。人生の再出発というには寂しく不条理感いっぱいのストーリーだが、生き続ける者にだけ哀しみが訪れるように、喜びがあってほしい。そう願うしかない。
■ 電子書籍バージョン
この本には、「今まで誰にも言えなかったけど、同じように感じている家族がいたと知って救われました」という感想をよくいただきます。解決方法を述べている本ではありませんが(そういう本は他にいくらでもありますので)、家族自身のストレス解消も、とても重要だと考えています。

しかしながら、書店で買うのは気が引けたり、読んでいることを知られたくなかったり・・・ということはあるかもしれません。そういう方のために、電子書籍バージョンをご用意しました。
スマートフォン、電子書籍リーダー、PC対応です。中身は紙の本とまったく同じ、価格は800円(税抜)です。


 

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